2021.01.01

はについて。

派、についておしゃべりしたいと思います。派?って何だよいきなり、はぁ?というカンジだと思いますが、いつも通りの思い付きスタートです、ごめんなさい。

 

ちょいちょいそこらで盛り上がている「何派問題」。

 

ワタシは目玉焼きには断然ショーユ派ですとか自分はソース派です、とか、いや、僕は塩派です、とか。フライ関係でも、絶対ソース派が多数の中、親のシツケの関係で醤油です、だって、そう教えらて来たんだもの。

ふんふんと聞いていると、同じフライモノでも、コロッケやメンチはソース派ですが、でもさアジフライとか魚系を食べる時は醤油派になっちゃう、あ、、牡蛎フライとか、エビフライの時は、ごめんなさい変化球のタルタル派になってしまうの。だの、焼き鳥は塩派かタレ派か、とか、それにしたって、ツクネやレバーはタレはですが、ネギマだとかそういうのは塩でお願いする派ですとか、食材の部位によって派閥が混乱しますね。

 

家庭の朝ごはんの風景の中でも、納豆は丹念にしつこくかき回してネバネバをより多く生み出したがる派と、あまりかき回さずにスマートにご飯に乗せましょう派がいたり、卵かけごはんだって、あったかいご飯の上に直接卵を割り入れてそこにお醤油を垂らす派と、別の小鉢で卵をといてお醤油を混ぜて、盛り付けられたご飯の中心にお箸で穴をあけてそこにといた卵を流入させる派がいたりね。ラーメンのハナシになると、もうみんなタイヘン。昔は、醤油味派、味噌味派、塩味派、くらいで大雑把に笑ながら話し合えていたのにさ、豚骨がどうの、煮干しがどうの、博多がどうの、札幌がどうの、たくさんの地名が頭につくご当地ラーメンを舞台に、やれ麺の様相はどんなのが理想か、アブラオオメメンカタメだの、すごい派閥争い。と思いきや長老(?)が出てきて、「当たり前の中華そばがイチバン!」という号令でさっきまでやかましかったどの派閥の面々も一瞬黙ったりね。

 

藤間 久子『Slowly』

ラーメンついでになりますけど餃子だってそうですよ。いろいろな地方都市が、ウチこそ餃子の街、とか言っちゃってるけどそんなこたぁどうでもいい。餃子を食べる時に、小皿に醤油ラー油お酢派が本流だと思えば、お酢と胡椒だけ派とか、「うちの餃子は餡にしっかり味がついているのでそのまま何もつけずにどうぞ」などという店主の押し付けに従っちゃって、実は味的にものたりない、ホントは醤油垂らしたいけど店のいう事聞いちゃう、という我慢派もいたりね。

 

僕的に突然、病的に食べてくなるモノのひとつに、お好み焼き、がありますが、お好み焼きも派閥がありますね。そう、大阪派か、広島派か。僕は生まれも育ちも横浜なので、ソース味の粉モンまみれの環境で育ってきてないこともあり、大阪広島両派閥のお好み焼き、どちらも全く違う料理だと思っているので両派とも大好き。ただ、ああいった大雑把に見える食べ物ほど好みのお店がそれぞれですね。

 

ま、そう言ってしまえば何でもそれまでですけどね。。

 

焼きそば、もそうですね。ソース焼きそばは、どうでもいいんです。ソースが焼けた香ばしい香りと、わざとらしい、でも無いと絶対に困る紅ショウガさえあればほば大丈夫ですね、わざわざ「屋台の焼きそば風」とかそんなコピー、いらない。問題は、中華屋さんでの焼きそばのシーン。カタい焼きそば派か柔らかい焼きそば派かで、お互いに顔色を伺います。そもそも、あくまでも僕の食癖ですが、僕、焼きそばは、どちらにしても、食事と見なしていないフシがあります。彼らはビールやらチューハイのお友達だろと。君たちはお互いにお酢をかけて、お皿の端っこになすりつけられてるカラシとうまく折り合いをつけながら、派閥を超えて空気を読みながら上手くやって行こうじゃないの。

 

と、いろんな事に自分は何派?と考えるのも楽し。

 

新年号ですがこれを書いてるのは令和2年の11月29日。人がまばらな公園ではマスクを外して深呼吸する派です。今年もよろしくお付き合いくださいませ。

 

エッセイスト 北園 修

Photo:藤間 久子『Slowly』

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